「手打ちゆう玄」はこうして誕生しました!(その2)

シェアする

昨日の続きです!

おはようございます!オカシなうどんメーカー専務の山地英登(やまちひでと)です。

自分の休み時間を利用して飲食サービスを行いたいと申し出てきた工場長。ボクは言葉が出ませんでした。

そして、考えました。会社として、こんなことをさせてもいいのだろうか?でも、工場長の想いには答えてあげたい。

そこで、ボクは2つの条件をつけてOKしました。

1つ目は、「本当に美味しいものだけを提供すること。」
2つ目は、「いくら休み時間でも無理は絶対にしないこと。」

1については、ゆう玄を製造する段階でほんの少し取れる「生の生地」を手打ちにして提供することにしました。(これが間違いなくおいしいんです!)もちろん、時間の経った麺はお客さまに出しません。

2については、数量限定にして、それを越えて提供はしないこと。また、製造が忙しいときはそちらを優先する。つまり、中途半端に営業しないということです。

このことを二人で話し合い、やってみることにしました。

そして、ボクも一つだけルールを決めています。

「それは一切口出ししないこと。」

価格設定も自由だし、基本的に何をしてもOKです。工場長の好きにやってもらっています。だから、工場長がうどんの値段を100円に設定したときも、心の中では「えっ~!?それどんな原価計算??」と思いながらも、OKしました。

なによりボクは工場長が、自分の大事な時間を削ってまで、会社のために何かをしようとしてくれることが嬉しいし、それでお客さまが喜んでくれれば、なお良いので。

そんな経緯ではじめた「手打ちゆう玄」。はじめは、全然お客さまも来ませんでした。それはそうですよね。いつ営業するか分からないうどん屋なんて聞いたこともないですから。用意したうどんも余すことも多かったです。

それでも工場長は一言もやめるとは言わなかったです。このスタイルでずっと続けました。そして今では、ありがたいことに、12:00に開始して毎回15分くらいで完売するまでになったんですよ!!本当にうれしいです。

昨日来たお客さまは、「5回来てやっと食べれたー」っておっしゃっていました(笑)

こんなツヤッツヤなうどんが食べられます!

こんなツヤッツヤなうどんが食べられます!

これをきっかけに、うちのことを知ってもらえた方々もいらっしゃいますし、大庄屋製麺としての幅も広がることができました!本当に、工場長の決断に感謝しています。

ありがとう工場長!!

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます!それでは楽しい一日を♪


The following two tabs change content below.
山地 英登
1978年、香川県丸亀市生まれ。香川のうどんメーカー、大庄屋製麺の専務取締役。世界一高い讃岐うどん「ゆう玄プレミアム」の製造販売をはじめ、讃岐うどんの手打ち体験ができる観光施設「ゆう玄麺工房」を運営する。また、数量限定で行う手打ちうどんは、営業日不定期にもかかわらず、毎回10分で完売するほどの人気を博す。讃岐うどんを販売する傍ら、自らはソフトクリーム活動も行う。(社)日本アイスマニア協会会員。

シェアする

フォローする

トップへ戻る